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幸せな結婚2

あなたが思い描く幸せな結婚とはどのようなものですか。

まず目を閉じてイメージしてみてください。

まず最初に誰がでてきましたか?

ご主人ですか。  
それともいきなりあなたはお母さんになっていますか。
それとも赤ちゃんを抱いたあなたの周りに誰がいますか。
どんなお家に住んでいますか。

一番最初に出てきたものが多分あなたが一番大切にしたいと思ったものでしょう・・・

それがあなたの中で一番大切なもの、譲れないものと考えてください。
自分の中で一番大切なものがわかりましたね。

それではその一番大切なものを守ってくれそうな人を見つけるのが次の段階です。
このなかで重要になってくるのが価値観と相性です。

例えば一番わかり易い例でいえば、子供に対してどのように接するのか、どのような子に育ってほしいのか。
勉強などできなくてもいい、素直でよい子に育ってほしい、と思う親もあれば、頭のよい子に育ってほしい、
これからの時代お金を稼げなければ結婚もできない・・・とか親御さんたちの心配はつきません。

どれもこれも親心から出たものです。

しかし究極の選択を選ぶとしたら・・・

このときに取るべき道がバラバラでは中々うまくいきません。
必ず一致する必要はありませんが、ある程度十分に話合いの結果、どちらかが折れれば済む話ですが、どちらも譲ることが
できないとあとあと尾を引きます。

今軽く話し合えば・・・と言いましたが、この話し合いすらできない状態の人も大勢いるはずです。

これを見破るのは意外と難しいです。
特に恋愛中はどうしても無理をしても相手の好みに合わせようと一生懸命努力します。

ですから恋愛中はあんなに話を聞いてくれた夫(妻)が段々素っ気無くなり、ついには仕事が忙しくて、疲れている、勘弁してくれと言われたりします。

これはたぶん本来の性格が出てしまったと思います。

ここで価値観の違いと同時に相性の問題が出てきます。

相性がよければ、受け止めたり、適当に流せるのです。

あ、そうか~疲れているんだ、じゃあ、今度ね・・・と言えたり、全然いつも話しきいてくれないな~、でも、まぁいいか、いざとなったら私の言うこときいてくれるわ!
とか、あの人に任せてたら何とかなるわ・・・てな具合になります。

ところが相性が悪いと、結婚当時は話が分かると思ったのに、人の話も聞かないで! 大事なことなのに仕事のせいにして! と、どんどんストレスがたまって
しまいます。 

更に男と女の違いというのは、総じて男の人は女の人ほどおしゃべりでない人が多いです。

男のひとは面白いですね。
若い時は僕とか、私、俺とかいっていたのに、年を取るとワシになってしまったりします。(汗)
このワシに仕方ないかと諦めたり、貫禄がでてきていいじゃん、とか、フン、オッサンやんとか・・・
これが多分相性なんですね。

でもやはりおしゃべりの好きな人は年が経っても相対的にお話が好きな人が多いですね。

若い時と比べて年がいくとかなり変化することが多いので、そのあたりのことも考慮に入れることも大事なことだと思います。

それは女の人も同様です。
男性から見れば、あんなに控えめで可愛かったのに、この頃のずけずけ物を言う厚かましさは何だ!と なります。

それがお互いに許容範囲であればよいのですが、許容範囲を超えたときが危機を迎えます。
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奇跡の出会い

幸せな結婚をしたい人のために・・・色々な失敗の連続から学んだことをあなたの転ばぬ先の杖にしていただいたら嬉しいです。

私は世界中の中からたった一人の人を間違いなく探し出し、添い遂げるというのは奇跡だと思っています。
初めての経験で失敗しないで相手を探し出すのですよ、この世でたった一人の人を・・・

ですから間違いなく選べた人には尊敬の念と、誰にでも間違いはあって当たり前、という感覚もあります。


まず幸せな結婚てなに?から始めましょう。

多分色々な意見が出てくると思いますが、簡単にいってしまえば、その人の価値観によって幸せな結婚観も違ってくると思います。
愛情が一番大切な人、経済的なものが一番大切な人、メンツが一番大切な人・・・

だから出来る限り同じ価値観の人と一緒になるのがいいと思います・・といってしまえばおしまいですね。はい。

ただもう一つ言われることは相性です。
相性と価値観は同じではありません。

山口百恵さんと結婚した三浦友和さんは、最近夫婦円満の秘訣について「『相性』としか言いようがありません。
私は素晴らしく相性の合う女性と出会い結婚できたといえる。出会いから三十数年幸せに暮らせているのだから、たぶん勘違いではなさそうだ、と語っていらっしゃいます。

結局はこれに尽きるかも知れませんね。

二流の相談員


偉そうに二流と言ったが、まだ少し憤慨が収まらぬゆえ。

相談員がしてはならないタブーがある。
それは良かれと思って勝手に暴走してはいけないし、言うべきことはいい、言ってはならないことは言わない。これが相談員の基本だと思っている。

普段からこのあたりのことを意識しているのだが、つい最近とんでもない話を聞いた。

求職の相談をしていたBさんはNPO法人さんのお世話である仕事についた。
その後別の用件でそのNPO法人さんに連絡することがあり、今の仕事はどうですか、と聞かれた。

その時にBさんは現状を報告して本来の用件を伝えた。

ところが、その後Bさんが勤めている会社から連絡が入った。

相手は丁寧であるが、どうも様子が変だ。
労働条件とか聞いてくる・・・・

その後、NPO法人から連絡が入り、Bさんの希望を伝えておいてあげた、と言われた。

え、え、え~今なんと?

相手は得意に同じことをBさんに言ったときに、Bさんはクラクラした。
クラクラしながら、Bさんは勇気をだして私がいつお願いしました?
と聞くと、希望を伝えただけで文句を言ってるとは言ってないから安心してください、と言われた。

・・・・・・

Bさんはさすがに大人で、百歩譲って、私の事を思ってしてくださったのだわ・・・と思うことにしたが、それでも本心、

私がいつ、そんなこと相手に言ってくれと頼んだ?
私の了解もなしに、更にアンタと私は一度も話したこともない。
さっき違う人に伝えた報告を何故にアンタが勝手に私の希望を伝えるんだ? それも申し込み時に話した希望だろうが~(怒)

それと同時にその電話の応対をされた会社の方もきっと突然何の話?と不快になったにちがいない・・・・と思ったらぞっとした。
なんてこと、してくれるんじゃい(怒)


多分この人は悪気はないと思う。
更にいえば、Bさんの為に良いことをしてあげた、と思っているにちがいない。

私から見れば彼は相談員として、してはならないことをしたと思っている。

それは自分ひとりで判断して、Bさんに事前に告げなかったこと。
じゃあ、私が条件が良くなるように交渉してみましょうか、と聞かれたらBさんは間違いなくNOと言っていたはず、だって怒っているのだから。
普通は、じゃあ・・・おねがいします、とBさんが言って初めて連絡するのが筋だと思う。

それも話を聞けば、会社に電話した相手はBさんとまったく話しをしていない。
その状態でいきなり、電話するか・・・と思う。

相談員は五感をフルに活動させて、相手の気持ちを読み込む。
顔の表情、声のトーンでどうしてほしいか分る。

それなのにこの人はBさんと話をすることなく、多分自分の正義感を振り回した。
Bさんは温厚な人だったので、戦う労使なんかではなく、穏便に気持ちよく勤めたかったのだ。
それを、多分ふぢ壊された・・・・

しかしこの人は話し合いができていいじゃないですか、と言い放った。

相談者が一番してはいけないことは相手の信頼を裏切ること。
それをこの人はいきなりしてしまったので、恐らくBさんは二度とお世話にならないだろう。

少し同じような立場にありながら、あまりにも無神経なので私までが怒りを覚えた。

でも恐らくこの人は自分が悪いとは思っていないようなので、一生気づくことがないかも知れない。

また私とBさんは怒りを覚えたが、実は怒りを覚えず、よく言ってくれた!と 感謝する人が居ることも事実なのだ。

だから人の物差しは同じではない。
時にはそれが吉にでたり凶に出たりする。

でも・・・その物差しの違いを見分けるのが相談員なんだけどね。。。。

相談をお受けすることになった経緯

私があらゆるご相談をお受けするに到ったのは、お話をお伺いしている内に最初の単なる不動産のお話だけでなく、それにまつわる色々な話に展開していることに気づきました。

時にはご家族やご親族、近隣関係のこと、
それは性格の違いや人生観の違いなどから生み出される様様な葛藤や苦しみ、憎悪・・・

どうやら、それらは、法律では決して解決できない深刻な問題なのだな~と痛感しておりましたところ、余りにもこの種のお話が多いので、思い切って、どうしてそこまでお話くださるのですか、とお尋ねしましたら「あら、だって話しやすくて。聞いてほしいのよ」とか「とても癒される」「元気をもらった」「相談して良かった、またお願いします」とか仰って下さりとても好意的に捉え下さっているのがよく分かり嬉しかったです。

その内にこのようなご相談が大変増えて参りました。


法律のプロや専門家は大勢いますが、たいていは依頼された仕事をこなして終わり。
それでは心や感情が取り残されてしまうことがあります。

私自身も不動産を取り巻く様様なご相談を本来はお伺いしていたのですが、青臭いといわれるかも知れませんが、心の澱のような、この部分を置き去りにしたままでは本当の問題解決にはなりません。

法律という壁にぶち当たってしまった人もたくさんいらっしゃると思います。
法律というのは必ず弱者や所謂良い人に見方するかと云えば、そうではなく、法律をよく勉強している人が勝ってしまったりします。

どうして、何故。。。理不尽だ。。。その敗北感を抱えたままでは決して前に進めません。

皆さんがそういう辛い思いを乗り越え笑顔で前に進めるお手伝いをしたいと思うようになりました。

私自身も今まで決して順風満帆の人生が送れてきたわけではありません。
どちらかというと、途中まで大変順調な人生が送れてきただけに、人生をなめてしまっていたのかも知れません。
感謝することもなく地球は自分を中心に回っている、とさへ思うほど傲慢でイケイケの時もありました。

それがいっぱい躓いて、いっぱい涙流してようやく自分のバカさ加減を思い知り、反対にこのような私にでも手を差し伸べて頂き、人さまのご親切やご厚情が分かるようになってきました。

今の私があるのは、このような私を見捨てることなく支えて下った方々のお陰です。
いつか、反対に私がどなたかの支えになることができたら・・・と思っていました。

実は今も色々な事と闘っている最中です。
だからこそ色々な方のお話を真剣に聞くことができるし、一緒に考えられるのかも知れません。

こんな私でよければ胸に詰まっている思いのたけをどうぞぶつけてみてください。

基本的にどのようなご相談でもOKです

金魚の病気

我が家には金魚が六匹いる

にゃんこが天国に上ってしまった私を励ますつもりで友人がくれた。

ところが、ここだけの話、友人は私がおよそのことには割りといい加減な人間なのに、命に関しては割りと神経質なことを知らない。
だから頂いたときには、正直、困ったぞ・・・と思った。

思えば自分から飼い始めた生き物はいない。
病気になったとき、星になってしまった時のストレスが酷いので、できるだけ避けたいと思っていた。

でも友人は私を励ますつもりでくれた。

アクアリウムを見てたら癒されるよね・・・と私が言ったからだと思う。

4センチくらいしかなかったチビ金魚たちは今、一番でかい奴は18センチ以上になっている。
でかすぎてトトロのようになっている。流金二匹と青文魚二匹とオランダと丹頂の六匹だが、最近全員病気がちでまたかなりストレスがたまる。

そのうちに二匹は浮き袋がやられてしまったらしく金魚なのに泳げなくなってしまった。
どうも水換えするたびに調子悪くなるような気がするし、病気のような気もする。

深夜にもかかわらず悩んで気が沈んでいたら親切な金魚屋さんがアドバイスをメールで下さった。
本当にうれしかった。

夜になると不安というものは、昼の間はどうでもなくても、むくむくと膨らんでくる。
なんかすごく心細かったのだが、そのメールで勇気百倍もらったような気がした。

こういう嬉しいことがあると、私のしていることも同じかな・・・だれか夜中に繋がるというのはとても心強いな・・・と
思った。

気づきのない人

ある場所で犯罪の統計話を聞いた。

犯罪行為は圧倒的に男性が多く、女性に比べて約10倍、と説明を受けた。

説明してくれた人曰く、ちゃんとした原因は分っていないが、男性の方がより攻撃的であるかららしい。
もっとも説明して頂いた方は男性だったので、私は女性が攻撃的でないとは思いませんがね~と、多分受けを狙ってお話になった。

だから男性の場合は外に攻撃が行くが、女性の場合は内に行くらしい。
内、というのは自分に向かってという意味である。

そのために薬物、自傷行為、摂食障害などの傾向が強く、より深刻であると教えてくれた。

反面、女性の方が立ち直りは早いらしい。

なるほどな・・・と納得した。

多分これは大昔から男は外で狩をして獲物を取り、敵と戦い、女はその帰りを待ち、腹の中で子供を育むという違いから来ているのではないかと想像している。

この犯罪がらみの話は実は、青少年の非行の話が本題で、説明を受けた人の中から、やはり親の教育から必要なのではないか、と言う話がでた。

もっともな話なのではあるが、この手の問題は他にもいっぱいある、と私は思っている。

もともと仕事柄住宅問題やマンション管理の話が多かったのであるが、そのときつくづく思ったのが、本当に相談に来なければならない人は来ない。

例えば絶対に住宅ローンを組んだら破綻するのが目に見えているのに、その人たちは相談に来ない。
来るのはローンを研究してきた人たちが、それでも不安でやっていけるのだろうか、試算があまくないかとか、まだ変動金利で対応していくほうが得なのか、それとも固定金利に変更した方が安全なのか、などと、ちゃんと研究しているのだ。

困ったことに破綻する人は殆ど来ない、そして破綻するまで知らなかった、という。

多分同じようなうなことがあらゆる場面であるのではないかと思う。

だからそのご婦人の意見は本当に素晴らしいのだが、多分家庭に問題あり、と外から見て思う家庭の当の本人達はあまりその重要性に気づいていないのではないかと思う。
今このブログを書いても読んでほしい人は多分読んでくれてない、関心がないとスルーされてると思う。
一番難しいのは、そのことに気づかせることが、一番難しいと思う。

なぜなら、おかしい、と思えることは、おかしいかも、と自覚しているので、人の意見も聞けるし改善の意思もあるからこそ、おかしいかも、と思うのだと思う。

気づいてない人にそれに気づいてもらうことは大変難しい。
気づいてもらえたら、問題は半分以上解決したと言っても過言でないと思う。

エアポケット

エアポケット

普段明るく頑張っている人ほど、もろい時がある。
また自分にぶら下がっている人が多いほど、頑張らないと・・・と頑張ってしまうまじめな人がふっと入ってしまうエアポケットがある。

言い知れぬ孤独感に襲われ、今まで大丈夫、大丈夫・・・と自分に言い聞かせていたことが、本当に下らない、普段の自分であれば、スルーできることに、一気に崩れてしまうことがある。


そして意外と仲のいい友人、信頼できる家族が居るはずなのに、その人たちには話しづらいときがある。
そんな時は誰かにぼやく、泣きつく、何でもいいと思う。
とにかく自分の声に耳を澄ませ、自分の悲鳴を聞いて自分自身を抱きしめてやる。
自分をよしよししてやる。

同時に呼吸はとても大切。
そんな時は、ゆっくり深呼吸する。
何度も何度も深呼吸してみる。

そうするとなんだか気持ちがある程度落ち着いてくるはずである。

冬のハイビスカス

ハイビスカスは真夏の花である。
それなのに、我が家の鉢植えのハイビスカスは、今頃になって一番花が開花した。

これにはわけがある。

約二年半前にかなり大きな木になっていたが、暖かい所の植物なので冬にはどうしても弱い。
この鉢ではないが過去に戸外で越冬させて枯らしてしまったことがある。

家には室内に植木が取り込めない事情があった。
理由は二つ。 

にゃんこがいたので、実はにゃんこが食べると毒がある植物が結構あって、アジサイ、沈丁花、ストレチア・・・我が家は毒だらけ。
更にそんなことにおかまいなしに、うちのにゃんこは何でも片端から食べまくり、恐れを知らない彼らは仏壇のお花まで食べてしまうのです。

そんな経緯があってので部屋に植木を持ち込むことは出来ませんでしたが、彼らが天国へ旅立ってからは部屋で越冬できる植木たちが増えました。

二年半前に越冬する前にハイビスカスの枝を剪定しましたが、ちょっと勢いあまって強剪定してしまいました。
葉は全部落ちて、裸の木になって枯れ木のようになってしまいました。

普通なら新芽が出て来る季節になっても変化なし。
ダメかも・・・と何度も思いましたが、枯れていると判断するには、枝がぽきぽき折れず、ふにゃぁとするので・・・これはまだ生きているんだわ・・・とそのまま水をやり続けていました。

ところが全く変化なく、いよいよダメかと二年半も経ったときに、んん・・・これは・・・とても小さな緑の点が1ケ大きな枝についているのです。
新芽かも知れん!
でも確信できるほどじゃない、本当に小さな小さな点でした。

その後も注意深く見守ることにしましたが、中々大きくなる気配もなく、そのまま過ぎていきましたが、普通のハイビスカスが夏にいっぱい咲く頃に、ようやく芽が動き出し、その後はあれよあれよと言う間にあちこちから芽が出てきて、10月頃には前より一回り小さくなっていましたが、花芽がつきました。

こんな時期についた花芽は多分大きくならないだろうと思っていたのですが、今年は暖かかったこともあって、どんどん成長を続け、花の色が分るまで成長、そして、とうとう11月の月末に花が咲きました!

嬉しくて、嬉しくて。
この子は苦節二年半、ずっと、ずっと体力を温存して回復をまっていたんだなぁ・・とすごい感動が。

本当に生きているのか死んでいるのか分らない状態のまま、二年半も。
たいしたものだわ。

この二年半というのは植物にとって、どれほどの時間の長さだったのだろう・・・とか考えながら、人間の場合は植物のように新芽がでてからこんなに回復が早いかどうかは分らないけれども、すごく勇気をもらったような気がしました。

まさに苦節二年半のハイビスカス、今部屋の中で二つ目の花が咲きました。

人の物差し

人はそれぞれ自分の物差しをもっている、と思う。
この物差しは結構厄介で、現実の社会でわたし達が使用している物差しとかなり違い、人それぞれに長さの単位が一定でない。

それを多くの人は気づかずに、自分の持っている物差しで相手を計かってしまうので、往々に失敗する。

例えば時間の範囲。
ある人の時間は現実に私達が見ている時計と全く同じ。
一時に待ち合わせと言えば、一時に来る。
ところが少々緩めに目盛が刻まれている人は五分や十分平気で遅れてくる。
もっと緩い人もいる。

反対に目盛が狭い人は時間より早く来る。

目盛が狭い人には、緩い人の目盛に関して寛容でないことが多い。

お金に関しても同じことが言える。

緩い人から見れば、狭い人は、窮屈で、なんでそんな小さなお金に拘るのか良く分らないし、相手をけち臭いと思ってしまうこともある。

トイレットペーパが298円であろうが300円であろうが、たいした違いはない、と思っている。
ところが、反対の目からみれば、あいつはなんで、あんなにお金にルーズなんだ!
一円を大事にしない奴は一円で泣くぞ!と思っている。

これがきれい好きの基準であったり、仕事の完成度であったりする。

言うまでもなく、人は大体同じ基準の間では居心地がよい。

ところが社会にでてしまうと、自分と同じ物差しを持っている人とばかり付き合ってられない。
違うんだ、という認識があれば、相手を理解し、尊重できることもあるが、中々理解できずに付き合っているほうが多いと思う。

更に言えば、時々人は自分にないものに、新鮮さを覚えるときがある。
上の例で言えば、待ち時間に遅れて来ても、ごめんね~、あなたにプレゼントを買ってて遅れたの♪と言われれば、そうだったのか、ちょっと手を前に謝る仕草も可愛いとなるが、年月が経ってくると、買う時間くらい逆算できないのか・・・となってくる。

だいたいこのように恋愛当時は、自分の範疇にない行動はかえって新鮮に見えてわくわくドキドキしてしまう。
ところが年とともに、本来の物差しに合わないと、イライラしてしまうのである。

夫婦であれ、仕事関係であれ、殆どこのことを認識しておけば、後になってちがう!と叫ばなくても良いのではないか、と思う。

プロフィール

まおあみ

Author:まおあみ
裁判所に行く機会が多い。
不動産会社に勤めていたが、さまざまなトラブルを見るにつけ、法律という鎧は必要であるが、反対に武器を振り回されてバッサリ切り捨てられた人の心のケアや対人関係の難しさに息苦しくなっている人のサポートをしたいと、考えるようになってきました。

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